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第二次世界大戦

【ミッドウェー海戦】わかりやすく太平洋戦争の分岐点の戦いを解説

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現代にも影響を残す第二次世界大戦、太平洋戦争。

その戦況を動かした決戦。

日米7隻の空母が激突し、2隻しか生還しなかった死闘。

【ミッドウェー海戦】

今回はミッドウェー海戦がどのように行われたのか戦いの流れを説明。

 

上の写真は爆撃により損傷した日本空母「飛龍」爆発の衝撃で艦橋の前まで艦前部エレベーターが吹き飛ばされた。

ミッドウェー島の位置、開戦までは↓で説明。

【ミッドウェー海戦】目的と開戦前の日米の様子を写真、地図で説明





ミッドウェー海戦・戦いの流れ

1942年6月5日。

北太平洋のミッドウェー島近海にて歴史が決まる戦いが始まる。


↑ミッドウェー島。環状の珊瑚礁でミッドウェー諸島、ミッドウェー環礁とも。

日本軍ミッドウェー島攻撃ス

ミッドウェー海戦の流れの前に、本記事では日本時間で記載するよ。時差があるからアメリカ側だとミッドウェー海戦6月4日からになってるので注意。

6月5日午前1時30分(現地時刻では午前4時30)日本軍南雲機動部隊各空母から攻撃隊が発艦。

3時30分。

ミッドウェー島を空爆し重油タンクなどを破壊するも、滑走路に被害は少なく攻撃隊は第二次攻撃を要請。

 

一方南雲機動部隊はミッドウェー島を艦載機が爆撃する中、ミッドウェー島の航空隊から攻撃を受けていた。

被害こそ出ていないもの、それはミッドウェー島の基地機能が健在の証拠だった。

6月7日にはミッドウェー島を攻略すべく上陸部隊が来る。それまでに機動部隊はミッドウェー島を無力化しなければならなかった。

更にミッドウェー島の基地航空隊により日本空母4隻の位置は米機動部隊に知られていた……。

↑ミッドウェー海戦での日本艦載機。上から零式艦上戦闘機(ゼロ戦)99式艦上爆撃機、97式艦上攻撃機。

南雲機動部隊はミッドウェー島への第二次攻撃を行う為、各機に陸上用の爆弾の搭載作業を行っていたが、

5時30分に米空母らしき艦発見の報が入ると、攻撃隊には対艦用の魚雷へ再び換装を命令。

 

航空戦に長けた山口多聞中将は艦載機を現装備のままで至急発艦すべき。と進言したが、

まだ敵は遠く爆弾から魚雷に換装しても十分間に合う、艦隊の上空のゼロ戦は燃料が尽き始めていて敵艦隊まで護衛できない、爆弾では十分な打撃を与えられないと却下された。

 

しかし、

厚い雲が日本機動部隊へ接近する米機動部隊を隠していた。

写真は米空母エンタープライズ。マジで史上最強の武勲艦だと思う。詳しくはこちらから

3年8ヶ月の太平洋戦争。数分間のターニングポイント

6時20分頃から南雲機動部隊に米空母部隊の攻撃隊が襲来。

しかし、米艦載機も部隊毎に攻撃を行ったので各隊の連携が取れず、直掩のゼロ戦に迎撃され日本機動部隊に損害は出ていなかった。

米軍の↑SBDドーントレス偵察爆撃機。愛称のドーントレスとは恐れ知らず、勇敢と言う意味。

 

日本機動部隊は7時30分頃には換装作業も終わり発艦の予定だったが、

 

運命が訪れてしまう。

 

別々の航路で飛行していた米空母エンタープライズの爆撃隊とヨークタウンの爆撃隊が同時に南雲機動部隊の頭上に到着。

そこには艦隊護衛のゼロ戦隊はいなかった。先に現れたヨークタウンの雷撃隊を迎撃する為に降下していたのである。

日本側も投下された魚雷、発艦作業の艦載機に注意が向いており、

「敵機直上、急降下」の声が上がった時には全てが遅すぎた。

回避行動をとる↑赤城、蒼龍↓

7時22~24分。加賀、爆弾4発命中。

7時25分。蒼龍、爆弾3発命中。

7時26分。赤城、爆弾2発(1とも3発とも)命中。

いずれも艦載機、補給の燃料、換装の爆弾、魚雷が次々に誘爆。日本の主力空母3隻は数分で爆炎と化した。

 

ソレは歴史の流れが変わる瞬間だろうか?それとも最初からすべて決められていたのだろうか……

飛龍の反撃!山口多聞提督奮闘ス・我レこれより航空戦ノ指揮ヲトル

3隻の空母が燃え上がる中、回避の為離れた位置にいた飛龍は南雲機動部隊の最後の空母だった「飛龍」に座する山口多聞中将は各艦に信号を送る。

 

「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」

 

飛龍と山口提督は炎上する3隻を退避させる為、米機動部隊に決戦を挑んだ。

↑山口多聞(やまぐち たもん)中将。航空戦に明るく米軍からも山本五十六の後継者と見られていた猛将。

 

山口中将は米機動部隊が攻撃隊を収容させる隙を突き、接近して一挙に攻撃を加えるべく他の空母艦載機を収容しつつ飛龍を前進させた。

飛龍を飛びたった攻撃隊は米空母ヨークタウンを発見し攻撃。

ヨークタウンは第一波攻撃隊から爆撃を受け、第二波攻撃隊の魚雷攻撃↑により総員退艦命令が出された。
第二波攻撃隊を指揮した

友永丈市(ともなが じょういち)大尉はミッドウェー島空襲の総指揮官を務めており、既に搭乗機は被弾していたが攻撃機の数を減らすわけにはいかないと出撃し戦死した。

 

しかし、日本軍の反撃もこれが限界だった。

午後2時頃。飛龍にエンタープライズ爆撃隊とエンタープライズに移り発艦したヨークタウン爆撃隊が襲来。4発の爆弾が飛龍に命中。

飛龍は飛行甲板を損傷し空母機能を失った。

 

飛龍は午後6時20分頃まで機関が動いていたが艦内部にまで火災は広がり、誘爆が発生し消火不能となり山口中将は総員を退艦させ、飛龍と運命を共にした。

 

その後アメリカ軍の追撃によりミッドウェー島を砲撃すべく接近していた重巡洋艦の「最上」「三隈」駆逐艦「朝潮」「荒潮」が空爆を受け三隈が轟沈。最上、朝潮、荒潮も損害を受けた。

 

一方損傷したヨークタウンでは曳航され駆逐艦が横付けし復旧作業を行い真珠湾のドックを目指していたが、6月7日に日本軍の潜水艦伊168がヨークタウンや駆逐艦の真下を通過したりして8時間かけ調整しての雷撃を受け、


↑伊168。42年5月まで伊68の名前だった。

横付けしており同時に雷撃を受けた駆逐艦ハムマンと共に轟沈した。

ミッドウェー海戦が与えた影響

日本はミッドウェー海戦により、主力空母4隻を失い開戦から続いた快進撃が大きく削がれ、短期決戦を目指した連合艦隊司令長官山本五十六の計画は崩れた。

日本は航空戦力の低下から米本土方面への侵攻を諦め、オーストラリア北部のソロモン諸島を占領しオーストラリアを孤立させ戦争から脱退させるべく米豪分断に主作戦を切り替え、新たにソロモンでの死闘の幕が上がった。

また戦艦の伊勢、日向は少しでも4隻の空母穴を埋めるべく艦後方に飛行甲板を備えた航空戦艦に改装された。
上の写真は航空戦艦となった伊勢。

ミッドウェー海戦・運命の5分間とは?

日本の3空母「赤城」「加賀」「蒼龍」が被弾するのが後5分遅ければ攻撃隊が発艦する事ができ、ミッドウェー海戦の勝敗はわからなかったと言われ、『運命の5分間』と呼ばれていたが、後の調査で被弾が5分遅れていても攻撃隊は発艦でき無かったとされている。

 

でも、もし、
日本が先に米空母を見つけていたら?
爆弾への換装をする前に米空母の存在を知ることができたら?
山口提督の進言通り空母発見と同時に攻撃に移っていれば?
空母の護衛部隊がもっと多かったら?
そもそも年功序列で任命された南雲提督でなく航空戦に長ける山口提督が指揮官だったら?

 

歴史のIFなんて考えたらきりないけど、なんでこうドンピシャで最悪を引いてしまうものかねぇ。
(´;ω;`)ウッ…

まとめ

まず日本海軍の仕組みに問題があると思うんだ。

連合艦隊司令長官が指揮を執り、軍令部が作戦の立案する。

コレ頭2つあるようなものなんじゃ……(-_-;)

 

故にミッドウェー海戦において現場で指揮を執る南雲中将には、

連合艦隊より「敵空母の殲滅」
軍令部より「ミッドウェー島の攻略」が命じられていたとも言われている。

ミッドウェー海戦の指揮執った南雲提督の解説↓ 私が一番好きな日本軍人なんで是非見てね。

【南雲忠一】真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦の強面提督は萌えキャラ?

更に日本はミッドウェー海戦、陽動のアリューシャン列島侵攻に約350隻もの艦艇を動員したが実際に戦闘をしたのは南雲機動部隊のみで、アメリカ太平洋艦隊司令長官のニミッツ元帥は「陽動とかしないで数でゴリ押しされたら負けてた」と言っている。

↑ニミッツ提督。アメリカのニミッツ級原子力空母は彼の名前から。日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎提督と会ったことがあり尊敬していた。

 

準備不足なのに知者は知に溺れるをやっちまった戦いだった。

現代でも言えることだと思うんだ。「ごり押しも立派な作戦です」

 

平押しで勝てたハズのミッドウェー、勝ち目の無い中で突入したレイテ……

ホント日本人は勝てる戦いで損害を恐れ、勝ち目の無い戦いで賭けに出るタイプだよね(-ω-;)

今回はここまで、

ご閲覧ありがとうござます。

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