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むらさき照明弾

第二次世界大戦

太平洋戦争、真珠湾攻撃。開戦理由、何故真珠湾が選ばれたか等を解説

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こんにちは六郎です。

今回は太平洋戦争の始まりとなった戦い『真珠湾攻撃』

日本がハワイのアメリカ軍に奇襲攻撃したってのは知ってるけど、
……なんで(。´・ω・)?

日本とアメリカが戦った理由、初戦を真珠湾にした理由、真珠湾攻撃の立案者の山本五十六連合艦隊司令長官、真珠湾までのルートなどをザックリ簡単にご解説。






そもそも何で太平洋戦争起きたの?

ざっくり言うと、

アメリカ、イギリス、オランダ等と日本が太平洋、東アジア、東南アジアを巡っての対立。

:イギリス :アメリカ ピンク:オランダ :日本

・マレー、シンガポールなどを支配するイギリス。
・フィリピン、ハワイを支配するアメリカ。

 

そこに中国進出、ドイツに敗れたフランスからベトナムを手に入れ日本の勢力が太平洋地域で拡大。

 

日本の膨張政策に危機感を覚えた英米は禁油など経済制裁を行い、制裁解除の条件として海外植民地の放棄を要求し、

日本はこれを拒絶し、戦争へとなった。

 

って学校で習ったと思うけど……

日本に撤兵要求しといて、連合軍側はそのままじゃ日本も要求飲まないでしょ。
(;¬д¬)

何故真珠湾を真っ先に攻撃したのか

じゃあなんで最初に真珠湾を狙ったの(。´・ω・)?

石油とか天然ゴムとかの資源はインドネシアとかブルネイの東南アジア方面から取れるのに、

なんでハワイ(?_?)

当時真珠湾(パールハーバー)にはアメリカ軍の太平洋艦隊の基地↑があり、アメリカ海軍の大半の戦力が配置されていた。

米主力艦隊を撃滅することで邪魔されること無く資源地帯を制圧し、短期間で講和に持ち込む先手必勝の策として立案されたのが、

真珠湾攻撃である。

 

日米の資源、工業力の差は膨大なものであり戦争は、

日本の力が尽きる前、アメリカが無尽蔵な工業力で戦力を調える前に圧倒的勝利を挙げ、早期に終わりにするしかなかった。

 

人口だって当時日本は7千万チョイでアメリカはその倍くらいで、鉄とか鉱山資源も比べ物にならないし、石油とかお話にならないと言うか……

非産油国の日本は備蓄の石油が無くなる前に戦争終わらせなきゃいけなかった。

連合艦隊司令長官:山本五十六

連合艦隊司令長官、山本五十六は駐米武官の経験もありアメリカの工業力を肌で感じていた人物である。

日本とアメリカでは大き過ぎる力の差がある事を理解しており、過激派からの暗殺の危険の中、対米戦争には反対していた。

 

真珠湾攻撃の直前まで行われていたアメリカとの交渉での解決を望んでおり、

真珠湾攻撃実行部隊の空母機動部隊に対しても、アメリカとの交渉がまとまったら直ぐに引き返すよう厳命している。

 

出撃前の会議で、機動部隊指揮官の南雲中将等が「もはや戦争は避けられない。攻撃を実行すべきだ」と意見するが、

山本五十六は、

百年兵を養うは、ただ平和を護る為である

と言い「この命令が聞けないなら即刻辞表を出せ」と声を荒げ一喝し、真珠湾攻撃の立案者でありながら最後まで日米開戦の回避を望んでいた。

 

南雲提督については↓

【南雲忠一】真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦の強面提督は萌えキャラ?

真珠湾攻撃の問題点

飛行機で戦艦は沈められない

まず、当時は、
『航空機で戦艦は沈められない』

と考えられていた。
まぁライト兄弟の初飛行が1903年(◎_◎;)だし、複葉機も多いし1940年代の開戦前はまだ飛行機自体は未知の兵器。

 

当時の日本海軍でも主役は戦艦。航空機は脇役扱い。

航空機からの魚雷攻撃も行われたこと自体がほぼなかった時代だった。

 

しかし、1940年にイギリスがイタリアのタラント港を空襲し、戦艦を大破させていたこともあり、許可できないなら辞任すると山本五十六が軍部を説得した。

真珠湾の地形も問題

真珠湾の水深は浅く、航空機から投下した魚雷が海底にぶつかる恐れがあった。

そこで日本は、魚雷を沈みにくいよう改良し低空で投下するよう猛訓練を行った。

その猛訓練で培った練度が良くわかるのが↓

写真は真珠湾に参加した飛行機機ではなく、7人乗りの一式陸上攻撃機のものだが……もはや狂気を感じる低空飛行(○ω○;)

 

更に空母航空隊の育成をしていた

山口多聞提督↑はその訓練の過酷さから人殺し多聞丸とあだ名される程の鬼教官であった(ただし超愛妻家)

山口提督が活躍したミッドウェー海戦については↓

【ミッドウェー海戦】目的と開戦前の日米の様子を写真、地図で説明

訓練は山々の間を縫って飛ぶ低空飛行、

爆撃隊は、敵目がけて急降下して爆撃を叩き付ける『急降下爆撃』を行う際に高度500mで投下し上昇しないと地面にぶつかると言われていたが、
……日本は400mで投下する訓練を行っていた。

雷撃隊も上の写真みてわかるように海面数メートルでの魚雷投下。

大艦隊をバレずに真珠湾まで運べるの?

真珠湾までは6,000kmもの道程。

参加するのは200mを超える空母6隻、戦艦2隻に護衛の駆逐艦に補給のタンカー。

 

奇襲攻撃なんだから見つかってはいけないんだけど、この大艦隊を民間船1隻たりとも遭遇せず誰にも見つからずにどうやって真珠湾までいったのか。

選ばれたのが、

↑の北太平洋を進むルート。攻撃を行う12月の北太平洋は荒れており民間船舶がほとんど通らない為である。

さらに攻撃を秘匿とする為、艦隊はハワイとは反対の現在の北方領土となっている択捉島の単冠湾(ひとかっぷわん)から出港した。

真珠湾攻撃・参加艦艇


1941年8月に完成したばかりの新型空母翔鶴↑

 

正規空母:赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴

戦艦:比叡、霧島

重巡洋艦:利根、筑摩

軽巡洋艦:阿武隈

駆逐艦:秋雲、谷風、浦風、浜風、磯風、陽炎、不知火、霞、霰

潜水艦:伊19、伊21、伊23

タンカー9隻、甲標的5隻

 

主力となる空母6隻は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)、九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機がそれぞれ100機以上350~400機を搭載していた。

ニイタカヤマ_ノボレ_ヒトフタ_マルハチ

11月26日に単冠湾を出港した南雲機動部隊。

12月2日。機動部隊に電報が入る。

 

『ニイタカヤマ_ノボレ_ヒトフタ_マルハチ』

 

ニイタカヤマ(新高山。現、玉山)とは台湾にある山で標高が富士山より高く、当時台湾が日本領だった為日本の最高峰だった。

この電報は真珠湾攻撃を1208に行えとの命令だった。

 

戦闘の流れなどは↓

【真珠湾攻撃】参加艦艇と戦果。米太平洋艦隊壊滅。海戦は空母の時代に

私の勝手な考察は↓

【真珠湾攻撃】太平洋戦争、避けられなかった日米開戦への私の考察

今回はここまで、

ご閲覧ありがとうございます。

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