艦これ 駆逐艦

艦これ【涼月】17年秋イベで実装される涙腺崩壊エピソードの駆逐艦

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9月16日にあった艦これ観艦式にて秋イベにて実装が発表された秋月型駆逐艦3番艦【涼月】

艦これでは、4隻目になる秋月型防空駆逐艦の涼月が史実でどのような活躍をしたのか?

それは「生きて帰る」を達成すべく人と艦が、心を一つにした感動の物語だった!!





史実での主な活躍

輸送作戦・船団護衛の日々

三菱長崎造船所で1942年3月4日に進水。
涼月とは「爽やかに澄みきった秋の月」という意味。

横須賀鎮守府に編入され、秋月、涼月、初月の秋月型駆逐艦3隻で第61駆逐隊を編成。

第61駆逐隊は元は(秋月、照月)の編成だったが照月が1942年12月12日に沈没していた。

 

…照月の話に逸れてしまうけど言わせてくださいm(゚´Д`゚)゚m
照月の進水は41年の11月21日なんだけど、工事全部終わったの42年の9月30日なんです。

短すぎるんです。゚(゚´Д`゚)゚。

 

更にアメリカ軍は秋月型を当初TERATUKI classと呼んでいた。

なんだ照月アメリカ軍には周知されているじゃないか( ‐∀‐)=3

と思ったら…ん?(・_・)

TERATUKI

(#▼Д▼)寺月ってだれじゃぁい!!!

 

照月ニ対シ提督諸兄ノ特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

 

何はともあれ、涼月は就役からしばらくの間、第61駆逐隊として輸送作戦、艦隊護衛の任に就いた。

最初の大けが

44年1月16日高知県の沖でアメリカ潜水艦スタージョンから雷撃を受け、涼月の前部と後部に魚雷が命中。

損害は凄まじく同行していた初月艦長が轟沈と思う程で、前部では火薬庫が誘爆し前方36m後方は46mも船体を失った。

涼月の全長は134.2m…全体の3/2近く沈んだ重症である(°Д°;)

轟沈しない方が奇跡のレベルである。

19日から呉海軍工廠で新造した艦首と艦橋を付けると言う、修理と言うか作り直しレベルの工事を受けた。

この工事で、他の秋月型より直線状の艦首、角ばった艦橋になった。

2度目の重症

ザオリク修理(1月19日~8月3日まで)で戦線復帰した涼月。

しかし、44年10月16日宮崎県沖合でアメリカ潜水艦ベスゴの雷撃をうけ艦首と一番砲塔下左舷に魚雷が命中。

再び艦首を失う重症を負う。砲塔下にあったた魚雷は不発だったものの船体に亀裂が入ってしまった。

涼月は復帰から2ヶ月程で再び呉のドックに戻ってしまった。

3回目の奇跡・坊ノ岬沖海戦

45年2月、涼月は秋月型8番艦の冬月と共に第二水雷戦隊に加わり、4月、第一航空艦隊と第二水雷戦隊が合流し第一遊撃部隊として沖縄へ向かった。

第一航空戦隊とか言いながら大和1隻っていう末期感プンプンの編成。(´;ω;`)

出撃時、生還の見込みがないとして涼月は主計長を退艦させている。

4月7日大和ら艦隊は鹿児島県坊ノ岬(ぼうのみさき)沖にて12時32分アメリカ軍機動部隊の攻撃を受る。

13時8分。涼月は艦橋前に150kg爆弾が直撃。

↑坊ノ岬沖海戦での涼月

直撃弾により火災浸水が発生。通信機ジャイロコンパスが破損、一番砲塔大破、第一ボイラー室浸水艦内電源断、電源断による消火活動の遅れで二番砲塔誘爆の大損害を受ける。

14時23分に大和沈没。

涼月は14時30分頃から帰投を開始。

佐世保鎮守府への帰投を目指す涼月だったが、艦首は損傷により沈んでおり、中央部ですら海面数十cmしか無い状態。

前に進むと船体が潜ってしまうので、前進ができない状態だった。

↑坊ノ岬沖海戦での涼月の被害

更にコンパスだけでなく海図も焼失しており、
乗員の勘を頼りにバックで帰還することに。

途中出会った初霜?に針路を聞いたり、翌日4月8日の昼には漁船から「われ貴艦の側方を護衛する」と手旗信号送られたりしながら4月8日の14時30分、佐世保に帰投した。

しかし、ドックに入る為に前進したところ浸水が悪化。

何とかドックに入ることができたが、ドックの排水作業中に着座すると言う紙一重での帰還だった。

 

 

涼月の修理に入ると、沈んでいた前方の弾薬庫が区画内部から防水処理が施されており、3名の遺体が発見された。

涼月奇跡の生還の理由の一つは、弾薬庫に残った3名が涼月を浮かし続けるべく自ら出口を塞ぎ、部屋の気密を保ち浮力を維持させた成果であった。

(´;ω;`)ブワッ

 

レイテ沖海戦で味方を撤退させるために単艦で米海軍16隻に挑んだ、初月に続いて、また凄いエピソード持ってる娘がいたもんだ(つд;`)

終戦までと戦後

修理は航行可能までしか行わず、陸から電気を送り後部砲塔2基での防空任務に就き8月にP-51「ムスタング」を撃墜する戦果を上げ終戦を迎えた。

損傷の為、戦後の復員輸送任務には就かず解体され、涼月と同じ秋月型の8番艦の冬月と桃型駆逐艦の柳の3隻で、福岡県北九州市若松港の防波堤に利用されている。

↑防波堤に使われている柳(1940年に除籍となった初代。松型駆逐艦の柳とは別艦)

軍艦防波堤と呼ばれて親しまれたが、現在は涼月、冬月は鉄板等の盗難や船体の劣化などで完全にコンクリートに埋められている。

その為、現在は柳の船体の上部しか見ることができない。

仲良し涼冬

涙腺崩壊のエピソードの涼月だが、

数ある船の中でも、屈指の百合ん百合んの艦なのだ!!!*。ヾ(。>v<。)ノ゙*。

↑涼月のカップリング相手【冬月】

涼月が2度目のドックにいる頃、冬月もアメリカ潜水艦トレパンの雷撃で艦首を失い、同じように艦首を損傷した2隻が並んで修理。

坊ノ岬沖海戦でも涼月の砲術長がしきりに冬月は大丈夫だろうか?と口にし、冬月は海戦後、涼月の捜索をして各隊に行方不明の涼月の掩護を要請している。

 

涼×冬エピソードの最たるものが戦後の防波堤での配置で、

陸側 冬月→←涼月 ←柳 

矢印の方に艦首を向けており、涼月と冬月が艦首を重ね合わせるような配置で、失礼ながら私には

涼月と冬月がちゅっちゅしてて、柳がキマシタワーの様にしか見えません。

タマリマ\(≧3≦)/センワー

コンクリートの中とは言え、二人だけの世界入っちゃてるもんね。

まとめ

軍艦防波堤(福岡県北九州市若松区響町1丁目)

釣りのポイントでクロダイとかスズキなどが釣れるみたい。
釣り好きな提督は行ってみるのもいいかもね

涼月は戦果を上げたと聞かれれば、大きなものは上げていない。

しかし、涼月が、乗員が、人艦一体となって3度の致命傷をうけながら、最も当たり前で困難な任務である「帰ってくること」を成しえた。

正に魂が宿った艦(百合エピソードもあるし)と言えるだろう。

3回も艦首をふっ飛ばされたのは不幸だが、生還している。
艦これでの扱いは幸運?不幸?実装が楽しみですね

今回はここまで、
ご閲覧ありがとうございました。

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