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【大和】史上最大の戦艦ココが凄い!悲劇の最後とは?史実をご解説!

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こんにちは六郎です。

アナタが知っている船の名前を答えてください。と言われれば最も多くの日本人が答えるであろう船、戦艦【大和】

既に80年も昔の船なのに圧倒的な知名度を持つ船。

でも、実際の所どうだったん(。´・ω・)?

全然活躍しなかったって聞いたし、そもそもなんでこんな有名になったの?

 

今回は戦艦大和の何が凄かったのか?どうして有名になったのか?その史実をご解説。





ここが凄いよ!戦艦【大和】

主砲は史上最大の46cm砲。射程はナント42km(°Д°;)他国の戦艦で40kmを超える射程を持つ戦艦はいない。
↑の写真は2番艦の武蔵。

なお主砲発射時には艦内に警報が鳴り響き、砲近くでは耳を塞ぎ口を開けないと衝撃で絶命する。

副砲だって軽巡洋艦の主砲を転用した15.5cm3連装砲。副砲で27kmを超える射程ってヤバない?(  Д ) ゚ ゚

 

大和の装甲は厚い所で41cm!!Σ(〇ω〇ノ)ノ 自身の46cm砲の直撃に耐えるよう設計されている。
※46cm砲を搭載した戦艦は歴史上、大和型のみである。

艦内部には1100を超える注水区画が設けられ浸水被害が生じても反対側に水を入れることで水平を保つことができる。

上の写真……滅茶苦茶クルー回ってないですか(°Д°;)
260mの巨体が90度近いターン……旋回性能は世界最高峰。曲がった時の船の傾きも幅広な船体により小さかった。

 

ただ、日本自体がレーダー、対空火器等の実際の戦争で必要だった物の技術が遅れていた。
目視で対空射撃してもねぇ(-_-;)

最大の欠点は登場時期orz

 

でもイギリスから技術導入で戦艦金剛を購入したのが1913年。それから30年も経たずに世界最高の戦艦を造った日本……

日本人すげぇ(◎_◎;)

戦艦大和、史実での活躍

建造に入るまでも大変!

ちなみに大和が如何に巨大か↓の写真を見てもらいたい。

これは赤城(上)と長門(下)の写真。さすが空母、赤城っておっきいねぇΣ(,,oΔo,,*)と思うが……
赤城と大和がほぼ同じ大きさ(約260m)なのである。

世界7大戦艦とまで言われる長門(225m)ですら大和とはこの位大きさが違うのだΣ(〇Д〇;)

 

そうなると当然、建造費用も莫大に……

いろんな省庁(# ゚Д゚) 国家予算の3%!? ふざけんな!こんなん承認できるわけねぇだろ!!
※現在価値にして1隻1760億円。

海軍(。-∀-)  そうだ沢山船作る計画にして、承認されたら何隻かキャンセルさせよう。

と予算集めからひと悶着。

 

さらに日本の隠し玉たる大和。その存在を秘匿とするべく……

・建造ドックを半分近く覆う巨大な屋根を付ける。
・近くの丘に憲兵を配置。
・技師でも情報は自分の部署のみ最低限。
・機密保持の為主砲は46cmでなく41cmと記載。
・目隠しにすだれを用いて買い占めた為、全国で品薄に。
・進水式すら公表されず寂しいものに。
・進水後は隣に空母鳳翔を配置し目隠しに。

↑就役前の大和。マジでデカイ(〇ω〇;) 右にチラッと見えてるのが鳳翔さんだけど……意味ある?(;^ω^)

大和、日本海軍の切り札!のハズが……

1940年8月8日に呉海軍工廠にて進水した大和。

工事が完全に終わって軍に配属されたのは太平洋戦争の開戦となった真珠湾攻撃の8日後の1941年12月16日。

 

大和の初陣は『ミッドウェー海戦』

大日本帝国海軍連合艦隊の旗艦として出撃した大和だったが、まだ日本は空母は前哨戦、戦艦の艦隊決戦こそが本番。と大和は後方に配置された。

ミッドウェー海戦では前線の空母部隊が米軍の襲撃により4隻の空母全てが轟沈する大敗となり、大和に出番はなかった。

↑ミッドウェー海戦で損傷した空母『飛龍』前部エレベーターが爆撃により艦橋に吹き飛んでいる。

ミッドウェー海戦について詳しくはこちら

 

ミッドウェー海戦後日本はアメリカ本土攻撃から南方ソロモン諸島に進攻。オーストラリアを孤立させ降伏させる米豪分断作戦にでる。

しかし、ソロモン諸島の戦いに大和は出撃することはなく、熱帯の南太平洋でも快適な空調設備、優先的な食糧配給などから大和ホテルと呼ばれ、不本意な日々を過ごすことに。

 

次に大和が出撃したのは1944年6月のマリアナ沖海戦。

日本:空母9隻、戦艦5隻
アメリカ:空母15隻、戦艦7隻太平洋戦争における天下分け目の関ヶ原である。

日本は大和や武蔵、長門達戦艦部隊を前衛に、空母部隊が後方から遠距離攻撃を仕掛ける作戦を立てた。

しかし、この頃になると日本とアメリカでは航空機、レーダー等の技術の差が歴然のものとなっており日本軍航空隊は戦果を挙げることはできなかった。

↑マリアナ沖海戦での航空機同士の戦いにより生まれた飛行機雲。

その上アメリカ軍は大和たち戦艦部隊を無視し後方の空母部隊を攻撃。

日本はマリアナ沖海戦で空母3隻と大半の航空機を失い、太平洋戦争の大勢は決した。

 

大半の戦力を失った日本に対しアメリカ軍は怒涛の如く進撃。

1944年10月フィリピンに上陸。

フィリピン死守の為、大和等日本艦隊は出撃し、史上最大の開戦。『レイテ沖海戦』が勃発する。

レイテ沖海戦は前哨戦から6日間、『シブヤン海海戦』『スリガオ海峡海戦』『エンガノ岬沖海戦』『サマール沖海戦』の4つの海戦を総称する日米の死闘であり、

日本:空母4隻、戦艦9隻等
アメリカ:空母17隻(小型護衛空母が+18隻)、戦艦12隻等が激突。

アメリカの工業力なんなん((((;゚Д゚)))))))

 

大和はフィリピンのレイテ島の敵上陸部隊及び輸送船団撃滅の命を受け出撃。

 

しかし……姉妹艦の武蔵がシブヤン海海戦で米軍の集中攻撃を受け壮絶な最後を迎える。

一方、大和は艦長森下信衛(もりした のぶえ)少将が( -ω-)y─━ =3 タバコを吹かしながら巧みな操船を行い次々に攻撃を回避↑

 

また砲塔に爆撃を受けるが余りの重装甲に落下した爆弾を跳ね返すなど、大和のスペックと乗員の技量でレイテ沖海戦を生き抜いた。

また、サマール沖海戦でようやく、ようやく大和は敵艦にその主砲を放った。 ↑の写真の手前が大和なんとなく嬉しそう。
米空母ガンビアベイに命中したとの報告も(羽黒と利根の砲弾の説が有力みたい)

 

しかし、戦いは日本が4隻の空母、3隻の戦艦を含む25隻以上の艦を失う惨敗で生き残った大和は日本に帰還した。

絶望の坊ノ岬沖海戦

レイテ沖海戦の敗北により日本は東南アジアの資源地帯と日本本土を分断されることになり、

著しい物資不足に陥り少ない主力艦が居ても動かす燃料が無く、もはや神風特攻に縋り米軍の侵攻を遅らせることしかできなくなった。

 

そして1945年3月に沖縄にアメリカ軍が襲来すると大和に最後の命が下る。

 

沖縄に片道分の燃料で向かい、自ら浅瀬に座礁。砲台として上陸部隊を攻撃スベシ!

この命令に艦隊指揮官の伊藤整一(いとう せいいち)中将は反対するが、

「一億特攻のさきがけとなれ」と言われ出撃。

 

日本の参加戦力は、

第一遊撃部隊

第一航空戦隊:大和
第二水雷戦隊 軽巡洋艦:矢萩 駆逐艦:涼月、冬月、磯風、浜風、雪風、朝霜、初霜、霞

の編成であった。 もうさ第一航空戦隊が大和だけってのが末期感ヤバいよね(´;ω;`)ウッ…

 

対してアメリカ軍は、

空母11隻、戦艦6隻、400機近い航空機等……orz

 

1945年4月7日12時34分。沖縄に向かっていた大和等第一遊撃部隊は鹿児島県坊ノ岬沖にて米航空機の攻撃を受ける。

↑坊ノ岬沖海戦で大和(左)を攻撃する米航空機。

日本艦隊が対空砲火で応戦するも、戦場は低い雲がかかっており米航空機は雲の切れ目から奇襲。雲の中へと退避と天候すら大和の敵になった。

何よりの問題はアメリカ軍の攻撃が大和の左舷に集中したことだった。

 

シブヤン海海戦で大和型2番艦の『武蔵』は20本の魚雷、17発の爆弾など空前の損害を受けたが、攻撃の合間に応急修理をし、攻撃が船全体にばらけたことで長時間耐えることができた。

↑魚雷を受けた武蔵。コレ20本耐えたんだから日本造船技術は本物である。

しかし、休む間もない波状攻撃が大和の左舷を襲った。

攻撃は艦体への魚雷だけでなく爆弾、機銃掃射により対空火器は次々に破壊され身を守ることもままならず、

一度は注水システムにより右舷に海水を注水して水平に戻るが、止むことのない攻撃に速力は落ち注水区画もやがて満水になり、

大和は大きく左に傾き、14時07分~17分の間に4本の魚雷が命中。急激に傾斜が大きくなり、

14時20分総員甲板が発令。

14時23分。戦艦大和 轟沈。 沈没の際に前部弾薬庫が大爆発を起こした。

 

坊ノ岬沖海戦で日本は大和の他、軽巡洋艦の矢萩、駆逐艦の磯風、浜風、朝霜、霞の参加艦10隻の内6隻を失った。

中でも矢萩は魚雷7本爆弾12発を受けての大和に引けを取らない壮絶な最後だった。

生還した艦も損傷したものが多く中でも涼月は艦首が完全に沈み前進不能で後進で帰還した。

涼月についてはこちらで。

大和が有名になった理由

始めの方でも書いたけど、大和型戦艦は国家機密。戦時中は存在自体が秘匿となっており、当時の日本国民にとって戦艦と言えば、

長門型戦艦の長門↑と陸奥だった。

 

しかし、大和型の存在が公表されると、

・存在自体が国家機密の切り札
・規格外のスペック
・悲劇的な最後

と日本人の厨二心と滅びの美学にクリーンヒット。そもそも大和魂、大和民族など大和の名前自体が日本を表す単語でもあり、まさに日本の象徴としてこれ以上ない船であった。

他にも、乗員数は3千人を超え文字通りの黒鉄の浮かべる城。

ちなみに坊ノ岬沖海戦が大日本帝国海軍が最後に行った水上部隊の戦いでもあり、日本海軍の歴史の幕は大和ともに下りたとも言える。

 

日本が真珠湾攻撃で航空機の有効性を証明しながら、航空戦に舵を切れず大艦巨砲主義の終焉を身をもって立証したとこが、

伝統、しきたりに縛られて新しい事が始められない日本人の性格そのものな気がするから贔屓しちゃってると思う。

大和ホテル(。´・ω・)?

悲劇の最後となった大和だが、1943年頃は出撃せずに過保護に扱われてホテルと揶揄されていた。

まぁ一国を背負って立つ将軍が乗る船なんだから当然なのかね。平和だったら表敬訪問とかにも使われるだろうし。

ちなみに2番艦の武蔵は武蔵御殿やら武蔵旅館とか言われてたみたい。↑の写真は大和と武蔵。

 

以下ホテル呼ばわりされるエピソード。

・日本海軍最強の戦艦として優先的に食料が配られる。

・弾薬庫等の冷却システムを利用し冷暖房完備。

・長門から連合艦隊の旗艦を譲り受け、やってきた司令部の面々が大和の居住性に感激。

・連合艦隊旗艦なので連合艦隊司令長官の山本五十六(甘党)が乗る。その為果物等の甘味も常備。アイスクリーム製造機もあるよ。

・お偉いさんが乗るので食堂要員に元プロを優先配備。

・長官お食事の際は軍楽隊が演奏。

・風呂まで立派なので駆逐艦の乗組員が大和の大浴場に来る。

 

思った以上にホテルですねぇ(;´▽`A``

重巡洋艦の足柄が「飢えた狼」って外国で言われたこと気にしてたのかな(;^ω^)
※飢えた狼=強そうだけど、まるで飾りっ気がなくて住む人のこと考えたの?って皮肉。

キャラ立ってる有賀幸作艦長

戦艦大和は有名だけど、個人的に大和最後の艦長。有賀幸作艦長がすげぇキャラたってるのでご紹介。

大和最後の艦長 有賀 幸作(あるが こうさく)大佐。

ヘビースモーカーで光沢のある頭だったので、あだ名はエントツ男。

 

・「ありが」じゃなくて『あるが』
あんまりにもよく間違えられるのでアリガでもいいよ(;^_^A)と帽子の刺繍でも「アリガ」表記。

・大和艦長就任があまりにも嬉しくて機密事項なのに息子への手紙に大和艦長(。-∀-) ドヤッ!! と書いちゃう。

・艦長就任するも大和が本土と外地を行ったり来たりするので大和に乗るのに1ヵ月くらい待たされる。

・坊ノ岬沖海戦前に無礼講の酒宴を開いた際に部下が、
木魚、木魚!(。-∀-) ノシ (; ^Д^)
と有賀艦長の頭をぺちぺち叩くが咎めずにニコニコ。

・坊ノ岬沖海戦で艦隊参謀長の森下少将と第二水雷戦隊指揮官の古村少将とは同期。

古村少将とは同郷で有賀艦長の父が古村少将の海軍への入隊の保証人を務めた。なのに古村少将は暴飲暴食で体調不良を起こして留年しての同期(;¬д¬)

 

モチロン艦長の力量も相当なもので、部下から「困ったところを見たことがない」「戦があれほど上手い人はいない」「絶対にやられることはない」と絶大な信頼を受けている。

 

他にも艦隊指揮官の伊藤中将は180cmの長身でハンモックで寝ている部下や天井に頭をぶつけてたり、

参謀長の森下少将(レイテ沖海戦時の大和艦長)は「俺の船は沈まん」と自他共に認める幸運の持ち主であり、

大和の大爆発↑の際に艦橋にいたが生還している。

 

興味あったら船のついでに軍人さんも調べてみてネ(*^∀゚)ъ

たまに漫画とかアニメでもやってける位濃い人いるから。

不死身の分隊長とか戦闘狂とか空飛ぶ魔王とかね( ̄▽ ̄;)

私も↑のきゃr……英霊の方々調べて歴史にハマったから読んでみて(⌒∇⌒)b

普通に小説より訳の分からんことやってるよ。

まとめ

大和は鉄くず、あの戦争は無駄だったと言う人がいるが、決してそんなことは無い。大和は戦争から平和へ、過去から今未来に向けて考え直すキッカケを与えてくれたのだ。

それを誰よりも理解していたのは他ならぬ大和乗員だった。

 

敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。

日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃないか。

 

激動の時代、日本の為に戦った大和に人々に敬礼/)`;ω;´)

 

戦後直ぐに世界有数の造船大国に成れたのも大和と言う世界最強の戦艦を造った技術があったからだよね。

昔テレビで巨大なタンカーのスクリューシャフトが技術的に製造可能か?ってなった時に「俺がやる」って言ったのが大和の主砲造ってたとこってやってたし。

回転する展望台レストランは大和の主砲の技術が使われてるし。

大和を造った時に得た技術は今も日本を支えている。

今回はここまで、

ご閲覧ありがとうござます。

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